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#002 名前をブランド名にすること | KENTO HASHIGUCHI

更新日:2021年8月23日

橋口です。



今日8月4日で鞄の製作開始から6周年を迎えました。

これまで関わってくださった全ての方々に感謝。

そして今後ともどうぞご贔屓に。

鞄作りの始まりの話は前回記事にあります。


京都は連日35度を超える猛暑が続いています。



引っ越したてのアトリエは鉄骨3階建ての3階なのでめちゃくちゃ暑いです。


室外機の上に日除けを設置したり、アトリエをビニールカーテンとか布で仕切ったりしながら対策を練っています。


屋根裏に断熱材を入れるのが一番良さそうですが、費用もそれなりにかかるので一旦DIYで様子見してます。


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さて、今日はブランド名について。


ブランド名といっても僕の名前そのものなので由来などはないです。


ですが、実はバッグ制作し始めの頃は別のブランド名で活動をしていました。


その一番最初につけたブランド名が活動を続ける上で合わなくなってきたな、と感じたので変更することにしたのですが、特に良い名前が浮かばなかったので個人名をそのままブランド名に。


というよりかは、「ブランド名を無くした」という表現の方が正しいかもしれない。


ブランドに対してその中にいる人の感覚は様々です。


自分の外にもう一枚殻を作り、その殻がブランドという考え方


自分という存在とは別の場所にあり、それがブランドという考え方


もしくは自分のある一部分がブランドという考え方


などあると思います。


個人の名前でブランドする場合、自分=ブランドになります。


個人名でも、あまりにも大きいブランドはまた別次元の話かもしれませんが、少なくとも僕の場合はブランド=自分です。


陶磁器作家や画家はご自身の名前をそのまま作家名にしていることが多いですが、感覚的にはそこに近い気持ちでいます。


つまりブランド=100%の自分なので自分と切り離して考えたりすることはできません。


シャーマンキングの憑依合体ともエヴァンゲリオンのそれとも違う感覚です。


ブランドの腕がもげたら自分の腕も実際にもげます。多分。


なので一つ一つの活動に対して「本当にそうなのか?」と常に考え慎重に動いていると思います。


単にブランドが発展するという理由で選択をしたりはしません。


「ブランディングとは何をやらないか決めること」と昔どこかで見た気がしますが、まさにやらないことが多すぎて、時にはブランドを発展させる妨げにもなっていると感じます。


ですが、思い描いている形ではない結果で発展してもブランドと自分自身の乖離が大きくなり、きっとブランドも僕自身も破綻していくと考えています。


なので「自分はこうだけど、ブランドはこう」というものがありません。


かといってブランドを発展させたくない訳ではありません。


これは一種のゲームを縛りプレイでしているようなもので、自分の信じる形を維持しつつ、その範囲内で行けるところまで行く。


それが唯一無二のKENTO HASHIGUCHIらしさを生み出し、ブランドが活動する意味を付加すると考えています。


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